鳴子ハナハルの絵を見るのが辛い理由。
「ロクに読みもせず断定口調で書くな!」
そんな事ばかり言われたので、少し反省した。とりあえず鳴子ハナハルの「かみちゅ!」を買ってみた。
パラパラ捲り三秒ぐらいでウンザリし、そのままその辺りにテキトーに放った。まだ全然読んでない。そしてたぶん永遠に読まない。※自分にとって「鳴子ハナハル」「上山徹郎」「篠房六郎」はただ義務感で読むだけの苦痛マンガ。頼むからコレ以上マンガを描かないで。
もう確信した!鳴子はエロ以外、ヤッパリ描いちゃダメだ!
鳴子は加減を知らない。寝る時間以外のすべてをマンガを描く事に捧げている。キモイ!
例えば1ページに6コマあるとしたら普通2、3コマはそれなりに手を抜く。
重要なコマだけ力を入れ、その次に重要なコマはソコソコ、あとはサッと流すのが基本的なやり方だ。
でも鳴子は全部力を入れて「ミッチリと埋める」から逃げ場が無い。何処にも息をつく場所がない。「おまえのマンガ息苦しいよ!殺す気か!」
ソレと鳴子はオタク系で(予備校絵では)一番絵が上手い漫画家だけど、やはり詰まらない絵なんだよ。
何処にも「ワンダー」というモノがない。鳴子は所謂キチンとした絵の技法というを学んだ作家で、ソレらを使いながらマンガの絵というのを描いている。
「基本的な技法の型」をすべてマスターしている人間というのはまず居ない。だから必ず何処かで「勝負を仕掛ける瞬間」というのが訪れる。
そこで乗るか反るかの半丁博打を打つ。ソレが絵というモノの魅力になる。
鳴子は多分そんな危ない橋を一つも渡らなくても絵を全部作れてしまうんだと思う。危なげが無いのでどうしても平坦になる。フックが弱い。つまり「上手いけど魅力の無い絵」というヤツ。(だから上手過ぎる人は「縛りルール」を作る事で絵に粘りを出したりするんだけど、鳴子はソレをやらない。どうしても「正しい」からは外れられない。もー少しぐらいハミ出せよ!この器用貧乏め!)
あと際限なく何処までも手を入れ続けるのが良くない。「働き者」や「真面目」という否定しにくい価値感は一番危険。あまり(自分に)近づけ過ぎない方がイイ。みんなその病気で死ぬ。
「今の七割ぐらいの仕事で如何に絵を作るか?」そんな風に考えればイイ。手じゃなくて、むしろ頭の方で絵を描くの。
漫画には「純粋にマンガ絵の正解をひたすらに追求する」というベクトルがある。そしてソレにはエロマンガというジャンルが一番合っていると自分は思っている。決してIKKIとかでは無く。
何故なら文化は「人間の動物的な欲求」を洗練させて、ダイヤモンドの域にまで高めるものだから。いつも初めの動機は必ず卑しいの。
最初から「意味があって高尚なモノ」は欲望を認めさせる為のエクスキューズが要らない為、どうしてもモチベーションが弱くなる。
※その辺り(マンガ絵の正解)、実は鳴子とかに自分は一番期待をしてるんだよね。鳴子は叱って伸びる子。