石恵の絵は何故面白いのか?
人間の頭の中で最初に浮かぶイメージというのは完全な電波。そのままではとても飲めないような泥水。
つまりテクニックというのは濾過装置。間接のジョイントにフィルターを取り付ける様なもの。
「肩」「肘」「手首」と通過する度に段々イメージが精錬されていく。そして最後に紙の上に置かれた時、ソレははじめて「飲める水」になっているのだ。
つまり上手いけど魅力がない絵というのは「濾過装置が多過ぎるために旨味まですくってしまった」「最初のイメージが濾過に耐えられないぐらいに弱かった」そのどちらか。
石恵の面白さは「明らかに濾過が足りてないのに平気で飲める。しかも濾過をしていないので旨味が殆どすくわれない」そんなデタラメさあたり。泥入りエビアンdeトレビアン。
技法的な特徴としては好きなモノほど大きく描く。女の子の眼は魅力的なので出来る限り大きく。オッパイも当然大きく。興味のない部位は限りなく小さく(或いは描かない)。だからかなりバランスが悪い。ある意味、奈良美智っぽい。
今のオタク絵は客観視をして描くような方向。アニメ調にディフォルメされた絵でも実際にはアカデミックな絵画技法の裏付けがあるような絵(貞本義行とか)。
ファインアートだと具象、非具象があって、その後に絵画技法以外の方向性なモノが一通り出尽くし「すべてが等価でフラットな状態」になり、また改めて「絵画」という技法のアイデンティティーが問われるようになった。それがニューペインティング以降の流れ。
石恵の絵の持っている面白さというのは無自覚にその辺りとシンクロしてるんじゃないかと思う。たぶん文脈性がある。
読み直したら「石恵は絵がヘタ」と早合点されそうなので少し付け足す。
石恵は上手いんだけどすごくバランスが悪い。五教科百点満点のテストで国語だけ五百点で後は全部0点みたいな「優等生なのに落ちこぼれな感じの人」。最近は「ただの優等生」になりそうで、少し懸念している。天才は秀才の真似なんかしなくてもイイ。
そしてこの対極にいるのが鳴子ハナハル。多分彼女が「美大出の予備校絵描き漫画家」では一番上手い。既に誰かが発明したモノを出来うる限り高く積み上げるような、隙のないやり方。(これ程までに両極端な作家が同時に支持されるのは面白い現象だと思う)
もう鳴子は左手でマンガを描いたらいい。ストーリーとかも内省的で暗過ぎる。(時々ノルマ的な割り切りで描く「露悪的エロバカ漫画」も結局は同じだからな!)
※それと「石恵」「鳴子ハナハル」は成人向けの漫画を描いている作家さんです。
