藤田嗣治について。
twitter用に書いたけど長いのでココに。美術の話です。
自分が知識人の美術批評をバッシングしたのは、立花隆が日曜美術館で藤田嗣治について語ったのが不快だったから(他にも色々ある。爆笑問題の番組のゲストに来た平野啓一郎とか)。
立花隆はその番組で、藤田嗣治が長く国内で認めらずタブー扱いだった理由の戦争画を「最高傑作」と褒めた。別に戦争画を評価する行為をインモラルと責めてるのではない。典型的な「理屈バカがやるやり口の絵画批評」だったから。
※うろ覚えなので検索で調べた。「統一的なコンポジションを持たない藤田作品の中でめずらしくそれを持ってる絵」みたく言ったようだ。/とにかく記憶では「絵を構築出来ない藤田が戦争画ではソレをうまく克服してる」みたいな論旨だった。
より上位のレイヤーが構成、そしてその下にディティール。コレは美術絵画のテクニックの基本。確かに言ってることは正しい。
では聞くが「藤田より構成能力に優れた画家など同時代にいくらでも居たのに、何故藤田だけが後世に残る偉大な画家になれたのか?」この質問に(立花隆は)きっと答えられない。そしてソコまで含んだ発言ではない。
その場の思い付きで喋ってるだけだから。
藤田の絵は危うさで出来ている。構造が弱い。「ディティールな綱渡り」、そのバランスの緊張感で絵を作っている。表層に現れてるモノは小手先だが絵は成立してる。秘密は背景の作り込まれた地の白にある。
薄く溶いた絵の具をペロンとのせれば、すぐ表情になる。簡単に見える。違う。地の方が仕事をしている。
絵画は何かで背骨を通さなければ「揺るがない画面」を作れない。藤田の場合、ソレは下地の白だ(それを絵の要素として認識出来ない人は表層の仕事だけを見て単純に勘違いする)。またソレは「藤田の絵はかなりバランスを振ってる」とも言える。
締めると「目のつく部分に構造を置かない。絵はディティールで作り、背景の白に構造をほとんど預けるピーキーさ」それが藤田絵の面白み(あと藤田と同じく国吉康雄なども黒の滲みに情感を含ませるな。メランコリック。叙情的)。
あと立花隆にムカついたのは「美術を専らにする人間ではなく、自分のような知性だけが見抜ける(そう勝手に思ってる、そしてソレを自分は期待されてると思ってる)そんな英雄的な言動をしようとする(目論みの甘い)企みな気配」を感じたのかも。